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Henry V 第七回

カンタベリ:
 しかしその法案の草案者は、サリカという土地が
 ドイツの、今で言うザール川とエルベ川の間の地域であったことを知っていたのです。
 そこではサクソン族をシャルル大帝が征服し、その後そこにはフランス人が定住した。
 フランス人はドイツの女性がモラルがなっていないと見下し、そのためこの法を創案したのです。
 つまりサリカの土地では女性は継続できないという法案のことです。
 当然サリカというのはエルベ川とザール川の間のことで、今ではドイツのマイセン地方です。
 そこでサリカ法が考案されたのは明らかなのです。
 またフランスはファラモンドの死後、約400年経ってからサリカ国を手にしました。
 よってファラモンドはなぜか分からないままこの方の制定者とされているのです。
 つまりまとめるとファラモンドは紀元426年に没し、その後シャルル大帝がサクソン族を征服し
 フランス人を定住させ、それが805年のことなのです。
 加えて彼らの草案者は語っているのですが、ペピン王が次のように証言したそうです。
 チルドリック三世は男女問わず、一般的な話としてクロザー一世の娘であるブリスルドから
 王位を受け継いだと。そしてその後フランス王冠への権利を主張したと。
 また唯一のシャルル大帝の本筋男系の継承者であるとしてローレン公爵はチャールズの
 王冠を入手しましたが、それは根も葉もない嘘であったが、リンガード女史の後継者として
 なりすまし、その美しい姿を手に入れたのです。またルイ10世のは唯一のカペト王の
 後継者であるが、あるときフランス王冠を所持するのに良心が許さなくなった。しかし
 彼の祖母がイザベル女王が、エルメンガールの直系後継者で、チャールズの娘で
 ローレン公爵領のシャルル大帝の直系と結婚したことで、フランスの王冠を得てもいいのだと
 理解したのです。
 (つまり女性継承者から流出している王権を奪うことが正しいことと思われているのです。)
 以上のことより、ペピン王の権利・カペトの主張・ルイス王の主張は
 夏の太陽のように明白であることが明らかであり、つまり女性の権利は有効であるのです。
 よって今日までのフランス王はこのサリカ法を我々に示してきたにも関わらず、自分自身では
 その法の権利を利用してきたのです。彼らは私たちに、HenryVの祖先から奪い取った
 その偽りの権利を無制限に私たちに認めるよりも、嘘をついて入り組んだ議論を偽装する
 ことを望んだのです。

ヘンリー5:
 私は合法かつ良心的に、権利を主張できるのだろうか。

カンタベリ:
 罪は我が頭上に訪れるかもしれませんし訪れないかもしれませんが
 それは私が代わりにかぶりましょう。
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